2009年12月06日
亡くなった祖父に褒めてもらおうと
4年前に「長寿」という名前の朝顔を育て始めていた。
祖父が入院してから、祖父の作った庭園を壊して朝顔畑にしてしまった
罪悪感もあったかもしれないが、
病院に見事な花を「仕立て」をして持っていきたかった。
この花は、実に種がつかなくて、最初は保存していくことに困難さを感じ、
自分でオシベをむいて、花粉を取り出し、メシベにつけるという作業を
早朝に行っていた。
途中で、、花が咲く前に亡くなるのではないか、という予感がしていたが、
実際そうなってしまった。
彼が晩年一番喜んだことは、
役割をもらうことであった。
通所介護といって、
通う介護施設があるのだが、そこにいくと、
何らかの仕事を与えてもらえ、
人様のお役にことの年で立てることはありがたい、
と一番喜んでいた。
若いときは人を押しのけてでも
自分の手に入れようと戦う?
こともまた必要なことなのだろうけど、
人間の喜びの大元は、
社会の役割を自分が果たしていること、
つまり、自分の存在価値なのではないかと思うのである。
円高・デフレスパイラル、、、、、
厳しい時代が来ている。
安くするから買いませんか?
うちはもっと安いですよ?
どんどん、売る側も買う側もみんなで苦しくなっている。。
そういったなかで、、
破綻する商売、廃業する商売、、も起こってきている。
そうなるとあせり、、もう、何がなんだかわからなくなり、
心が乱れ人が変わっている場合もある。。
金を稼ぐために仕事をする。
なんのために何にどう使うかも決めていないでお金を追い、
お金のために仕事をするとなんとも、、大変な生き方になるように思う。
もっともっともっと、、餓鬼道に落ちたかのごとくなる。
自分の役割を探すたび
役割を全うする旅をすると満足感もあり、また、幸福感も生まれるのではないかと思う。
その役割を探し全うする旅路のそっとしたサポートが
私たちヒーリング界にいる役割であるのではないかと思う。
そして、それは、表に立って先導するようなものではなく、
縁の下の力持ちであり、普段は存在など人に気にも留められないし気づかれないような物であろう。
本当の癒しは、癒しが行われているなどということが気づかぬうちに起こり
そして、何かの結果を動かす。
何のせいかはわからないので、
「おかげさまで、ありがたいことです」
と日本人は言ってきた。
それは、素晴らしい文化だと思っている。
合理性や具体的な結果を早く出すことを求め
切り開いてきたパワフルな新しい国アメリカの経済のやり方が破綻した今、
もっと、合理的とかもっとすごくでは、、もう無理なわけで、、
日本の静かな心で「おかげさまで」の気持ちを取り戻してもいいのではないかと思う。